人生とは、選択の連続である。そして、人は常に選択を強いられる。今もそれに他ならない。今、貴方には「この続きを読む」と「ここで読むのを止める」という選択肢が用意されていて、貴方は前者の選択肢を連続して選んでいる。これも立派な「選択」だ。
では、ここで1つ、貴方に選択を強いることにする。目の前に赤と青、2つの箱がある。それぞれ何かが入っていて、どちらかひとつを選択すればもう一方は消えてしまう。さて、貴方はどちらを選択する?
どちらを選択したにせよ、ここから話すことはさほど変わらない。そこは気にするところではないが。
さて、貴方が選んだ箱には「チ○ルチョコ」が入っていたとする。貴方は悩む。「これは当たりなのか」と。もちろん、もうひとつの箱は消えてしまったから中身は分からない。そのうち、貴方は2つの考えを持つようになる。ポジティブな考え方とネガティブな考え方。貴方は、もうひとつの箱の中身が自分の選んだ「チ○ルチョコ」よりもいいものなのか、それより劣ったものなのかを想像し、悩む。
選択とは、常にそんな物だ。自分が正しい選択をしたのか否かなど、永遠に分からないものが殆どだし、それを論じるのは無意味というものだ。かといって、それを避けることは出来ない。先にも述べたように、貴方は今も選択し続けているのだから。
世には「優柔不断」という言葉がある。決断力に欠ける、という意味だそうだ。一々全ての選択を悩んでいるのは、人として疑うところがあるが、果たして「悩む」ということはそこまで咎められることだろうか。これはスピード重視の社会の負の産物なのではないか。僕はこの言葉を言ったことも言われたこともある。しかし、一番大切なのは、自分なりに「選択」の意味を考え、ひとつの結論を出すことではないか。
THEME : いわゆる作文“〆(^∇゜*) - GENRE :
小説・文学