うは、コメント返しするぞいw
ハクさんへ
先に断っといたじゃないですか、辛口レビューだって。
心が弱いなら見るべきじゃないっすよwww
愛情ゆえの批判だよ。
よーはツンデレだy(お前ちょっと死んで来い
愛の鞭ってやつ?
まぁ時には涙も必要さww
いじょう。
今回は少なくて、ラクだったような寂しかったようなでした。
まぁいいや。
現在の社会について、ハクさんから意見が届いてたんですね。
滅多打ちにしてやるよ。
どんなに間違っていることでも、立場が上の人には従わなくてはいけないのか?
結果的には、それは個人の問題だと思う。
別に必ず従う必要はないし、そういう問題に絶対の答えはない。
けれど、提言はします。
従ったほうがいいよ、と。
なぜなら、この社会が縦社会だからです。
僕らの中学校も同じ。
生徒がいて、それを統括する学級委員や各委員の委員長がいて、それらをさらにまとめる常任委員会がある。
常任委員会をまとめる一応の立場として生徒会執行部、監査委員があって、その上に教師陣がいる。
厳密に言えばこの限りではないけれど、基本構造はこんなもんだと思う。
さて、図書委員の僕と教師では何個の階級の差があるか?
4個だ。
これは、二等兵と軍曹並みの差だ。
日本国民は法の下に平等である、たしかに平等という形はとっているのに間違いはない。
しかしすべてを平等にすれば、社会主義国家同様となり滅びの道を歩んでいくことになるのは火を見るより明らかだ。
つまり、平等と区別を同居させなければいけない、という矛盾を資本主義国家は抱えていることとなる。
まだまだ形としては完全体ではない、という考え方もできるが、恐らく変化に対応できる国家の形として、完成されてしまった形だと僕は思う。
そもそも、生徒と教師、社員と上司、といった地位の差からくる発言権の差は、常識的なものに頼るところが多い。
特に、生徒と教師の場合は大人と子供、というとり方もできる(ゆえに生徒諸君はこのような議題に固執するのだろうが)。
大人と子供では、人生経験の差が圧倒的に違う。
確かに、多少のくだらない大人なら僕のほうが優れていると自負している点もあるが、教師を行っているような大人のほとんどは、残念なことに格が違う。
だから教師が言っていることが正しい、というわけではない。
もちろん、人間である以上ミスはするし、誤った判断もするだろう。
しかし、彼ら「完成された人間」が引いたレールなくして、僕たちはこの社会を歩けるのだろうか。
教師は僕たちに人生の規範を見せている、見せようとしている。それを僕たちはみて、感じて、社会で生き抜いていくすべを見つける。
その過程で「分かった気になって」先生の言うことがおかしく感じられるのが、今の時期なのだろう。
つまり、僕たちは誤解している。
仕方ない誤解だ、というのはどこの世界に住んでいる少年少女もこの悩みを持つことから分かっていただけるだろう。
ただ、誤解を誤解のまま、解決せずに残していくと(普通は自然に解決していくのだろうが)、秋葉原のような事件が起きる。
生きにくい世の中になった、というのは分かる。
世界が完成されてしまい、ある程度の自由を子供の頃から保障されるようになったからだ。
矛盾していると思うだろうか?
自由には責任が付きまとう。
精神的に完成されていない状態で、その自由を与えられると、その自由を上手く使いこなせずもてあます。
自由とは怖いもので、悪意を持ってつかえばいくらでも人を傷つけられる。意図せずとも、相手を傷つけることもあるだろう。
それだけ、危険極まりないものだということを分かっていただきたい。
そして、話は戻る。
間違っていることでも、上の言うことには従うべきか?
従うべきなのである。
僕たち程度の完成度で、自由を扱うのは危険すぎる。
教師の言うことに従わないのは一向に構わない。それは学校生活での自由、と言うことも可能だ。
だからこそ、危険。教師は僕たちに「自由の危険度」を教えながら、ある程度成長したところで「自由」を与えてくれる。
それを自ら破り、自由と言う名の危険極まりない海に飛び込むのかは、その人次第なのだろう。
僕はまだ、そこまでの自由を欲しない。
今は与えられた自由でどこまで世界を改変できるか、その調査期間である。
いずれ、僕が世界を改変するのにどれくらいの時間、労力、自由が必要なのか。
それが分かったときに、僕は初めてレールをはずす。
そして、世界を壊してみせる。
完成された世界を、もう一度、混沌の闇に帰す。
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